ヴァイオリンの世界は謎に包まれています。楽器について理解しようとすればするほどわからなくなります。「よい楽器とは何か」という問いがあって,楽器探しをしているとついつい考えてしまい,そして闇に迷い込んでしまいます。
実は答えはわかっています。「よい楽器とは本人が好きな楽器である」以上まる。それがわかっていてなお,考えてしまうのです。「よい楽器とは何か」。この問いは,弓になるとさらにわからなくなります。というのも弓についての情報はとても限られているからです。
高名なプロ奏者が使っている楽器は知られていることが多いですよね。ストラディバリの何年のものだとか,そういうことが話題になっています。ところが,その同じ奏者の使っている弓についての情報はないことが多いです。弓は謎に包まれています。弓についての面白いと思う情報を集めています。
アムステルダムの弓製作者,アンドレア・グリュッターさんの古いブログ記事を読みました。彼の弓は試したことはありません。サイトでは3500ユーロで自作弓を売っています。いい弓ならお値打ちです。サイトの自己紹介ではルッキに習ったとか,サルコーのところで働いていたと華々しい経歴も書かれていて,自伝もサイトにアップされてますが,まだ読んでません。
読んだのは次のリンク先の記事です。
Curve and Taper JANUARY 11, 2016 BY ANDREAS GRÜTTER

「弓の反りと削り」について。この記事はとてもためになります。全文を訳してしまいたいぐらいですが,そんなことは自動翻訳サービスに任せます。日本語ではまだ読んだことがないような情報にあふれています。
冒頭にNYの弓製作者,ヤン・チンさんの言葉が紹介されています。ヤン・チンさんはペルナンブーコ材の保護活動に積極的にとり組んでいる高名な弓製作者で,アメリカの弦楽器関係者の間ではよく知られていますが,日本ではあまり知られていませんね。ときどき日本でも売られている様子はありますが,私はまだ試したことがありません。関西弦楽器製作者協会会員の三枝さんは,ヤン・チンさんのところで働いていたことがあったはずです。
紹介されているヤン・チンさんの言葉は「きれいな曲線の弓でいい音のものを見たことがない」というものです。「きれいな曲線」(full curve)をグリュッターさんは毛を緩めたときに棹が毛に触ったり,毛よりも下に行ってしまうものと説明しています。
カーブを強くすると弓ははねやすくなり,音がきつくなるそうです。
ルッキ値が高いと弾性率も高いので,カーブは少なくてもよいそうです。ルッキ値が4500とか4800だと柔らかすぎるので,カーブを強くしなければらないそうです。カーブが緩い方が音は柔らかいそうです。
(ちなみにルッキ値(Lucchi Reading)についての日本語の情報は極めて少ないですよね。ルッキ値は木材の中の音波の伝達速度を示す数値のようで,密度その他の要素で変わるので,ルッキ値が高いと密度が高いとか,ましてや軽いなどということは言えないようです。BardとBingに訊きました。海外の弓用木材を売っているサイトではルッキ値も表示されています。だからなんだということはありません。)
グリュッターさんによると弓のカーブの深いところを中央から先端に動かしたのはボワラン(Voirin)だというということです。この移動によって,弓のコンセプトが変わったと言っています。トルテ以降のモダン弓のことをもっぱら話題にしているので,弓の改革者としてトルテではなくてボワランが登場してくるのです。
そして次のように言います。「棹の太さはその曲がり具合と強い関係があります。というのは弓の垂直方向の硬さは,棹の曲がり方と太さのコンビーションだからです。」
さらに続けます。「これは重要で,もしわからないなら,読み返してください。それでもわからないときは,電話してください。じゃなきゃ,弓づくりを止めましょう。何か他の特技があるはずだよ。☺」冗談ですね。
この曲がり方と太さのコンビネーションが,弓がどの部分で弾いていも一定の力加減になる秘訣だということです。
まだ続きますが,疲れました。今日はここまでにします。残りはまた続けます。新しい記事にしないで,追記します。
続きです(2023-04-29)。
弓を試していると時々いい弓なのに弾きづらいことがあります。この場合「いい」と言うのは「響かせ方」「反応」「音色」など操作性以外の部分が優れているということなのでしょうが,そこまで考えないできましたので,よくわかっていません。その際,弾きづらさの要因はいくつかあって,弓のバランスが一つです。弓のバランス・ポイントはフロッシュ(フロッグのフランス語読み)部分から19cm辺りというのが今の相場になっています。この話は,最後に戻ります。
弾きづらさの要因の二つ目ははね方の強さです。強すぎても弱すぎても弾きづらいです。これが反り(曲がり)と関係しているのは,前に書いてありました。たしか「アメリカ・ヴァイオリンと弓の製作者協会」(American Federation of Violin and Bow Makers)の年次大会の出品作の弾き比べだったと思いますが,プロ奏者らしき人が弓を弾き比べて,「これは美しいいい弓だが,はね方の操作が難しい」というようなコメントをしている動画を見たことがあります。そういうことがあるのです。ただ,このはね方の良し悪しはごく主観的なもので,奏者のくせによって左右されるので,ある人にとってはねすぎる弓も,別に人にとってはそうではないでしょう。
弾きづらさの要因の三つめは,歪みで。弓の棹が水平方向に歪んでしまっているんです。私は,この点についてはとても敏感で,すぐに気が付きます。全弓で弓がまっすぐに動かずカクカクする箇所があるんです。100万越えの弓でも5本に1本ぐらいは歪んでいます。弓製作者はこの歪みも直してしまいます。ご本人の弓について指摘したときに,その場で直してくれたり,直しておきますと返事をもらったりしたことがあります。
弾きづらさの要因の四つ目が,歪んでいないのに全弓で弓がスーと動かない場合です。ある部分で弓が沈み込むんです。これが次にグリュッターさんが書いている点です。
グリュッターさんは,奏者が弓に不満を持っているときには,最初に弓を伸ばしてみてまっすぐになるかを見て,反りすぎたり,反りが足りない部分がないかを確認する,と書いています。弓の棹の下側に親指を当てて圧力をかけ,弓の根元側から先までを見通して,まっすぐかを確認するというのです。
まっすぐかを確認すると書いていますが,私の想像では,まっすぐにならない,抵抗のあったり,抵抗の弱すぎる部分を探すのだと思います。まっすぐになるなら問題ないですから。
グリュッターさんによると,オールド弓はもともとの反り(カーブ)を失っていたり途中で変えられたりしているので,そんな弓をよくするときには,こうして反りの具合を確認して,問題の場所を温めて,反りの直しをするということです。
これはとても大切な記述です。グリュッターさんが書いていない棹の歪みに言及したのも,これと関係していると思ったからです。弓の削りには手を入れなくても,反りには手を入れてオールド弓は売られるのが望ましいのです。そう私は思います。サルトリーをもう何本も試させてもらっているのですが,なかに「よくない」ものがあるんです。ずっと不思議だったんです。この記事を読んで理由がわかりました。
グリュッターさんはこの大切な記述の前後で一つずつ冗談を書いていますが,それは飛ばします。彼はスイス生まれですが,スイス人が冗談好きだとは知りませんでした。
さて,まだ続きがあって,二つほど大切なことが書かれていますが,今日も疲れました。また後日,続けます。
続きです。これで最後になります。(2023-4-30)
私が今使っている弓はオクタゴンです。断面が八角形ということです。オクタゴンだから選んだわけではありません。断面形状がどのように弓の性能に影響するかは,私にはまだわかりません。いろいろなことを聞いていますが,まだ確信が持てないので,書けません。この記事の中でもグリュッターさんはこの点については書いていません。書かれているのは,断面直径についてです。
弓の断面直径はだいた先端側で5mm,フロッグ側で8.5mmで,硬い木材の方が細くでき,硬くて密度の高い木材の方が加工の仕方の選択肢が広くなるので好まれるそうです。
これは面白い指摘です。硬くて密度の高い弓の方が「よく響かせられる」という話をしばしば聞きます。ところが先日試したモリゾーという触れ込みの弓は柔らかく太いのですが,楽器をよく響かせたのです。自分で弾いて聞いているのに,にわかには信じがたく,手持ちの弓やその店にあった他の弓と何度も硬さを確かめ,弾き比べて,比較してしまいました。
私はすっかり,硬くて密度が高く,したがって細く削られた弓がよいと信じ切っていたのです,これを読むまでは。というのはこの記事を読んで,硬くて密度が高い弓によい弓が多いのは,それだけ製作者サイドでの加工の範囲が広がるから,その腕が発揮されやすいので,その結果なのだ,と思ったからです。ただそうは言われていないので確信はありません。
グリュッターさんは続けます。柔らかい弓はそれだけ反りを大きくし,太くしなければならないけれども,それにもよいところがあって,豊かで深い音の親しみやすい弓になるというのです。特にガット弦には,軽くて柔らかい弓がよいということです。
「深い音」がどんな音なのかは主観的なことなので,定義できないでしょう。私は柔らかい弓の方が丸い音になると感じます。
弓の断面直径についてグリュッターさんが言及するのは,しかし,それが大切だからではありません。むしろ,それよりも,反り(カーブ)と太さの関係が大事だという点を強調するためのようです。次のように続いています。
弓の先端ではカーブはきつく,より細く,フロッグ側ではより緩やかで太くする。ボワランは弓の深いところを先端に移動させ,その部分の弓を細くすることで,弓の先端を軽くしようとした,というのがグリュッターさんの解釈です。そうすることでバランス・ポイントはフロッグ側に移動して,速い移弦をしやすくし,パガニーニのような奏法が可能になったと言っています。
これに対してペカートの弓のバランス・ポイントは中央よりにあるので,重く暖かい音になるけれども,反応は遅い傾向がある。比べるとボワランの弓は弾きやすいが,音は劣る。と書いた後,「自分のはもっとひどいけど。いや,そんなことないけどね」,と書いて終わっています。
面白くためになる記事でした。他の記事にも目を通して,また面白いのがあったら紹介します。わたしたちヴァイオリン奏者は,弓製作者にもっと敬意を払うべきです。