
今年の5月に関西弦楽器製作者協会の第13回展示会に行ってきました。昨年に続き2回目です。私がこの展示会の存在を知ったのはコロナ流行中のことで,ずっと不開催でした。その副産物があり,1昨年から秋に完全予約制の展示会が開催されるようになりました。
展示会などに行くたびに訪問記録をブログにしようと思い,書き出してみるのですが,上手くいきませんでした。そこで,今回は思案し,会員の皆さんにインタビューして,それをまとめてみるとにしました。
展示会は,5月2日と5月3日の2日間にわたって,大阪・中之島にある大阪市中央公会堂で行われました。初日はまず展示作品を楽しむことに主眼を置き,2日目にインタビューして歩くことにしました。
文字だけでは面白くないのですが,こうしたレポートに使う写真を撮るのは難しいので,似顔絵を描いてみることにしました。出展した会員の方全員にインタビューしたかったのですか,疲れてしまったり,勇気が足りなかったり,そして何よりも目の前に素敵な楽器がたくさんあるので弾いてしまいたくなって,結局,全員にはできませんでした。
声をかけさせていただいた会員の方々は,全員,快く応えてくれました。お話してくださったことを私の印象でまとめていますので,ご本人の真意からずれてしまっているかもしれません。その際は,ご容赦ください。
皆さんに質問させていただいたのは「・・・さんにとって楽器作りの楽しさは何ですか」です。
インタビューさせていただいた方は,岩井孝夫さん,大島崇史さん,西村祐司さん,高橋尚也さん,中尾正人さん,河辺恵一さん,栗林守夫さん,菊田浩さん,高橋明さん,小寺秀明さん,河村盛介さん,馬戸崇之さん,馬戸健一さん,岸野大さんです。
美しさの追求 岩井孝夫さん

岩井さんは,クレモナから日本に帰国してしばらく高槻市に工房を構えていたそうです。今は,大阪市内高麗橋と枚方市の二か所で弦楽器工房クレモナを開いています。またYouTubeチャンネルでは,おそらく世界中でもっとも詳しいヴァイオリン製作工程の実演,解説動画を公開されています。
もう40年ぐらい楽器成製作をされているので,楽しさも変わってきたそうです。昔はとにかく見た目の美しさを追求し,ストラディバリウスなどの名器の後を追って必死に作っていたそうです。その方向性で本人として行き着けるところまで行ったと考えるようになったころから,今度は音の美しさを追求するようになったと,どちらにしても「美しさ」を追求することに楽しさを感じているのは変わらないと話してくださいました。
私のメインの楽器は,岩井さん製作のもので,昨年,この春の展示会に出品されていたものを,一週間後ぐらいに工房にお伺いして,いただいて帰りました。毎日,手に取って弾くたびに,幸福感に包まれます。
出来上がった時の音 大島崇史さん

大島さんは枚方市の樟葉駅から徒歩5分程度の静かな場所に工房Liuteria Takashiを開かれています。工房のウィンドウを彩る季節ごとの飾り付けがひときわ目をひきます。SNSで紹介されているのを見るのも楽しいです。
「楽器作りの楽しさはなんですか」という私の問いかけに,即座に「それは出来上がった時の音ですよ」と答えてくださいました。楽器作りにはつらいこともあるが,だからこそ作っているときにイメージしていた音が出るかどうか,出来上がった楽器に弦を張って弾くその時が楽しい,とおっしゃいました。
弦楽器製作者のなかには,ご自身で楽器を演奏される方も多いです。私は大島さんの演奏はまだ聞いたことがありませんが,大島さんが工房で貸してくれる試し弾き用の弓は,これがちょっと素敵な弓なのです。音へのこだわりが伝わってきます。
苦しみ 西村祐司さん

西村さんは,京都の丸太町河原町をちょいと下がったところに,工房を開いています。同じ場所には,昔は京都では少し有名なギターを中心にした楽器屋さんがあったと聞きます。前を通るたびに二階の窓に並ぶ製作される前の板たちが「いらっしゃい」と私を呼んでいる声が聞こえます。
私が楽器探しを始めて最初に手にした日本人製作者の楽器が西村さんのものでした。しっかりしたつくりとバランスのよい鳴り方,そして伸びのある高音部が印象的で,あぁ個人製作者の新作楽器とはこんなによいものなのかと感じ,それ以降の楽器を試す私のなかの一つの基準になりました。
私の問いかけに対する西村さんの最初の言葉は,「やればやるほど楽しさはなくなっていくが,面白さはある」というものでした。最初は作っていること自体が楽しかったが,経験を積むにつれ,より深く考えるようになり,その結果わからないことが増え,そうしたことを考えていると,悩んだり苦しんだりすることが多くなってきたというのです。
そう話しながら,なかなか「楽しさ」というところにたどり着かないなかで,ご自身の楽器作りを振り返って考え,考えを繰り返し,答えを探してくれました。
出来上がった楽器の音が受け入れられなかったときはつらいが,奏者と意見が一致して自分の楽器の音が気に入ってもらえた時は,うれしい。それが楽しさかもしれない。そうおっしゃってくださいました。
全部 高橋尚也

尚也さん(協会には高橋さんが2人いて,他にも高橋姓の製作者が複数いるので私はこう呼ばせていただいてます)は,クレモナから帰って,四国の四万十で工房を開いています。ほとんどずっと楽器作りをして暮らしているそうです。自然に囲まれた中で夏の暑い日に,尚也さんの板を削り出しする音がセミの声に重なると,きっと素敵な音楽に聞こえるのだろうなぁと想像し,いつかきっと尋ねたいと思っています。
尚也さんのお答えはとても明朗でした。「楽器作りの全部が楽しい」というのです。たとえば,横板を曲げる作業のように嫌な作業もないではないが,それでも全部が楽しい。F字孔をつくるような細かな作業も上手くいったときの快感があるが,粗削りのように体を動かす工程は特に好きだ。クレモナでは弟子をとると修行に楽器の粗削りをさせるが,そんなもったいないことはできないとまで言います。
尚也さんの楽器はしっかりした造りと,美しいニスの仕上がりから出る快活な音が魅力的で,私はニス塗りが好きと言うのではないかと予想していたのですが,私の想像を超えるお答えでした。
木が形になっていく 中尾正人さん

中尾さんがこの展示会に出展されるのは,今回が初めてです。それもそのはずで,今回出展された楽器が,中尾さんの手になる最初の楽器だとのことでした。もっとも中尾さんが楽器作りについて新人なのかというと,それは微妙です。長年,弦楽器の修理と調整を仕事にされてこられたからです。
楽器作りの楽しさは何かという問いに対して,木が形になっていくところが楽しいと即答してくださったのは,そうした経験があってのことだと思います。子供のころから家には木工の環境があり,大工さんが出入りしたり,父親が小屋を作たりしていた。そうしたものを見て育っていたからか,木が好きで,木を形にしていくことにずっと憧れを持っていたと言います。
今はまだ出来上がってみないとどんな楽器になるかわからないので,一種のギャンブル性があって,そこも面白さであると言いながら,この道を究めていけば,達人の仏師が話すように,木の中にもともとある形が見えてくるのではないかか,作れば作るほどわからないことが出てくるが,いつかそのような達人の域に達したいと話してくださいました。
中尾さんはごく最近静岡に自分の工房を開かれました。これからたくさん製作もされていくことと楽しみにしています。
素材の個性を形にする 河辺恵一さん

日本には大きな弓制作会社が二つあります。その陰に隠れてしまいがちですが,個人の弓制作者もいて,自分の工房を開いている方もいます。その一人が河辺さんです。河辺さんの弓はフロッシュまで手作りです。
河辺さんは魂柱や駒のセッティングはしたことがあったものの,弦楽器本体の製作に興味をもつことなかったと言います。ところが弓の場合は,むしろ作ってみないと分からないと思う領域が多く,そこに魅力を感じていたとのことです。そうした折,幸いにも知人の弓製作者がアメリカから来日することになり,その機会を逃さずに弓制作の道に足を踏み入れたそうです。
弓制作を仕事とするようになってからは,弓の素材一つ一つの個性を理解して一本一本の弓を形にしていくことに魅力を感じていると言います。弓になる木材は同じように見えて,一つとして同じものはないので,その素材を見て,触って,削って,そうしてその個性を理解して,弓に仕上げていく。その立体的なイメージのなかでの弓づくりに河辺さんは楽しさを感じられているようでした。
あの細いひょろりとした棒と毛の組み合わさった弓を河辺さんは空間造形として理解しているのだと感じました。
時間を忘れて作る 栗林守夫さん

栗林さんは,チェロを主に制作されています。栗林さんには,コロナ禍で始まった秋の予約制展示会に一昨年私が訪れたときに,初めてお会いしました。私がヴァイオリンを弾いて回るのを見守りながら,いろいろ違いがわかりますね,と優しく話しかけてくれたのを思い出します。
楽器を作る過程はひたすら作業で,最初に設計をしてしまえば,彫刻家が大理石を刻んでいくように,出来上がりに向けて時間を忘れて作っていく,その過程が楽しい,とおっしゃってくださいました。
出来上がりの音のことを考えながら作るのか,という私の問いかけについては,それは最初は考えるが,作っている間は考えていない。音は出来上がってみて,そこで初めてわかる。そうお話してくださいました。
展示会では試奏者の吉田円香さんの演奏を聴きながら,これはこんな音になるのか,これも悪くないなぁとご自分の出展されていた2挺の楽器の音を熱心に聴き比べていたのが印象的でした。
あこがれを自作する 菊田浩さん

菊田さんの美しい楽器を見たことがありますか。丁寧にフレンチ・ポリッシュされた菊田さんの楽器には,ヴァイオリンに対する愛情があふれています。
菊田さんは,社会人として働きながらアマチュア製作者としてヴァイオリン製作をはじめ,後に仕事を辞めてクレモナに渡り,今に至ります。菊田さんはずっとヴァイオリンの形に憧れを持っていたけれども,その美しさゆえに逆に遠ざけていたと言います。ところが,ある時訪れたウィーンの骨董市でガラクタのようなヴァイオリンを手に取ったとき,ヴァイオリンが瞬間的に自分に近いしいものになって楽器作りを志したそうです。
この出会いの前から持っていたヴァイオリンの美しさに対する憧れは今でも持ち続けていて,プロとして楽器作りをする中で音を追求するようになった今でも,その形の美しさを自分で作り出せることに楽しさ,喜びを感じているとのことでした。
形と音の美意識の追求 高橋明さん

明さんもクレモナで製作されています。明さんが同地でも高い評価を受けていることは,先般のトリエンナーレ(クレモナの弦楽器製作コンペティション)でご自身も会員のイタリア製作家協会から特別賞を授与されたことが物語っています。
展示会当日は,訪問した人々とたくさん話過ぎたということで,のどをつぶされていましたが,そうした話ずらいなかでも,私の問いかけに快くお答えくださいました。なので,短いやり取りでしたが,明さんのお答えは,形も音もどちらもも自分の理想とするものを目指していくことだ,というものでした。
短いやりとりの中で言葉が尽くせないもどかしさを感じられているようでしたが,私の理解したのは次のようなことでした。「片方で納得しても,他方がそうであるとは限らない。」そう話されたのですが,それは自分の楽器が形と音のいずれかにおいて満足のいかないものだということではなく,満足のいくものであっても,一方が自分の理想により近く,他方がより遠い,そう感じるので,両方において自分の理想を追求していくのが楽しいようでした。
果てしない追求 小寺秀明さん

小寺さんはクレモナで楽器作りをされている若手の製作者です。今回,この展示会に帰国し,奏者からのいろいろなフィードバックをもらうのを楽しみにしていたとのことです。私が試させていただいた時も,「どうですか,弾きやすいですか」と自ら感想を求めてこられました。
その小寺さんは,毎回作るたびに,何か改善したくなるところが見つかるので,それをどんどん追求していくことが,楽しさであると言います。新しい楽器を作るたびに,よりいいものを作っていきたい。毎回,ニスを塗る前の,白木の状態の楽器を見て,次回はここを変えてみようと自分で反省会をするのだと言います。
出来上がった楽器が失敗だからというのではなく,外観も音もよりよいものを追求していけると感じていて,それを熱心に追いかけられているのが伝わってきました。SNSではクレモナの様々な風景を届けてくれていて,私はそれを見るのもとても好きです。
四角い木から出る音 河村盛介さん

「関西」弦楽器製作者協会の会員には,関西の製作者だけではなく,イタリア・クレモナの制作者もいれば,四国の製作者も,そして河村さんのように関東の製作者もいます。河村さんの工房は西日暮里にあり,私は近くで働いていたことがあるのですが,その頃には河村さんの工房はまだありませんでした。
河村さんはもともとはコントラバスを弾かれていて,それで自分で作ってみようと思ったのが,楽器製作の世界に入るきっかけだったそうです。職人さんたちの話を聞いて,まずは小さなヴァイオリンから始めてみることにし,そうして四角い木を削っていくと,どんどん形になっていき,ついに出来上がって初めて音が出たとき,そのときの感動が忘れれないそうです。今でも完成した楽器から音が出るときが楽しいと話してくださいました。
コントラバスを作ってみる気にはならないのか,という私の問いかけには,大きなコントラバスをつくるのは考えていない,チェロでも大変なので,それにプロとして制作するにはタイムマネジメントも大切だから,とお答えくださいました。
木を形にするという点では仏像制作などもあるがどうですか,という問いかけには,初めに思い立ったのが楽器作りだったから,というお答えでしたが,話しているうちに,河村さんは音が出るところが特に楽器作りの楽しさだと感じておられるのがわかってきました。
達成感 馬戸崇之さん

馬戸兄弟の弟のタカさん。馬戸兄弟はお父さんが開いた工房を今は二人で継いでいます。その工房に行って,楽器を試させてもらいながら,他のお店で弾かせてもらった楽器の話などをしていると,タカさんが「うちにもこんなのがありますよ」と奥から素敵な楽器を出してきてくれます。私がどんな楽器に興味があるのか察知して,紹介してくれるのです。
タカさんにとって弦楽器づくりの楽しさは「達成感を感じられることだ」と言います。一番の達成感は,楽器が出来上がったときにあるけれども,細かな一つ一つの工程すべてで,そこを完成させたときに達成感を感じることができるそうです。たとえば,ヘッドの渦巻きを削ったとき,白木で完成したとき,さらには駒を一つ仕上げたときなどを例として挙げてくださいました。
新しい楽器を作り出す前には今度はこんな楽器にしようというアイデアがあるけれども,それが完成するには3か月余りかかる,だからといって完成まで達成感がないのではない。一つ一つの工程で達成感を感じ,楽しんで作っているということでした。タカさんの楽器の甘い柔らかな音はこんな作るときの喜びから生まれているのかもしれないと思いました。
人々からの刺激 馬戸健一さん

馬戸兄弟の兄のバトケンさんは,日本の弦楽器製作者の皆さんの間では,その楽器作りの確かさと速さで知られているようです。これはバトケンさんと面識のないという職人さんから聞いた話です。また英国の弦楽器店に私が訪ねたときには,お店の方から,京都から来たなら大阪のバトケンさんは知っているか,と聞かれたこともあります。
楽器作りの楽しさに対するバトケンさんの答えは,そうしたご自身の立ち位置を実感されたものでした。私の問いかけにまず口にされたのは「環境のせいもあると思いますが」という断りでした。そして,人の出入りの激しいところなので,制作の過程でいろいろな人から意見をもらえる,また出来上がったら,奏者から感想を聞くことができる,そうした一つ一つのフィードバックをもらえることが楽しい,と話してくださいました。
楽器作りを続けているのは,もっとこうしよう,今度はこうしようという思いがあるからで,そのような思いを抱けるのは,周囲の人とのコミュニケーションからだ。そうした刺激を受けられるのが楽しいということでした。
完璧な楽器の追求 岸野大さん

岸野さんは,関西弦楽器製作者協会の会長を現在なされています。どのような組織でも代表職にはそれ相応の難しさがあります。本協会のような緩やかなつながりの組織が一つの組織として何かを企画・運営する場合,その難しさはいや増します。会員各自の協力があってのことだ,と岸野さんはおっしゃいます。が,私としてはとりわけ感謝したい方です。奈良県下唯一の弦楽器工房という責任も果たされています。
私の問いかけに「楽しさ・・・」と言ってから,しばらく考え,岸野さんは明確に次のようにお答えくださいました。「苦しさでもあるのだけれども,これで完璧というところに到達しないことだと思う」と。楽器が完成すると今回のはよい出来だと思い,満足感があるが,数日たつと次はどうしたいという思いが生まれてくる。常に完璧な楽器を追い求めて制作しているが,そこにはいつまでたっても到達できない。そこに逆説的に楽しさがある。もし完璧な楽器ができたと思ってしまったら,そこで楽器作りとしては終わってしまう。そう話してくださいました。
5月に訪れた展示会の記録を,10月に公開することになりました。書き出したころはすぐに終わるつもりでいたのですが,意外と時間がかかりました。
自分勝手な思いを書くだけなら早いのでしょうが,紹介なので少し慎重になりすぎたかもしれません。それでも,私の問いかけに快く応えてくださった,会員の皆さんの思いを伝えきれていない,間違って伝えているということがあるとお思います。どうぞご容赦ください。
展示会はすばらしい楽器をたくさん試すことができるというだけでも,奏者にとってはうれしい機会なのですが,その楽器を作った当のご本人とこうしてお話ができるのもありがたいものだと感じています。
いつもありがとうございます。